人生の最期の場面での幸せの形とは?(内山節さん)
今年に入って、身近な方々と自主勉強会をしています。
その中で、メンバーが教えてくれた新聞記事です。
哲学者・内山節さんのインタビュー。
引用:
今の二十代から三十代前半の人たちは小さな関係を
大事にしている。「個人がバラバラになってしまっては
いけない」という気持ちを強く持っている。
「個人はとても脆弱な動物ではないのか、うまく生きら
れない生きものではないのか」という感覚がある。
言葉としての「利他」がはやっているように。
人生の最期の場面での幸せの形とは、個人的な見解
を言えば「諒解(まことだ、もっともだとして認めること)
」にすぎない。
今のわれわれはどうか。とりあえず金を稼ぎ、子ども
を学校へ行かせる。それだけやれば終わったと言え
るか。
人間の尊厳は、個ではなく関係の中から生まれる。
*
中日新聞 連載記事
(介護社会第9部)
介護社会のこれから
内山節さんに聞く(上・中・下)
2011年6月4日~6日
※見出し
上: 「個」の家族 もろさ / 濃密な現実 手詰まり
中:消えた家業型社会 / 世代継承 切り捨て
下:認め合う関係 再び /「利他」の心に可能性
↓ネット検索したら、ウエブ上のブログで、記事の画像がありました。



その中で、メンバーが教えてくれた新聞記事です。
哲学者・内山節さんのインタビュー。
引用:
今の二十代から三十代前半の人たちは小さな関係を
大事にしている。「個人がバラバラになってしまっては
いけない」という気持ちを強く持っている。
「個人はとても脆弱な動物ではないのか、うまく生きら
れない生きものではないのか」という感覚がある。
言葉としての「利他」がはやっているように。
人生の最期の場面での幸せの形とは、個人的な見解
を言えば「諒解(まことだ、もっともだとして認めること)
」にすぎない。
今のわれわれはどうか。とりあえず金を稼ぎ、子ども
を学校へ行かせる。それだけやれば終わったと言え
るか。
人間の尊厳は、個ではなく関係の中から生まれる。
*
中日新聞 連載記事
(介護社会第9部)
介護社会のこれから
内山節さんに聞く(上・中・下)
2011年6月4日~6日
※見出し
上: 「個」の家族 もろさ / 濃密な現実 手詰まり
中:消えた家業型社会 / 世代継承 切り捨て
下:認め合う関係 再び /「利他」の心に可能性
↓ネット検索したら、ウエブ上のブログで、記事の画像がありました。



春、野洲から守山の琵琶湖寄りあたり。雑観です。
「生きる」ということ 小出裕章さん 若い人へのメッセージ
近江八幡の水郷_北之庄の農場(百菜劇場)
守山で、ほたるが、ひっそり飛びはじめました。
栗東の竹林で「カスミサンショウウオ」!?
びわ湖・流域でたくましく生きる方に出会う
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2011年10月18日 Posted byaoibiwako at 07:00 │Comments(0) │▼配送員のひと言メモ
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