どうせなら地面に密着した生き方がいい
子どもの未来を考える(連載記事)
<PDFファイル/B4版/205KB>
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http://www.aoibiwako.org/catalog/flyer_b4_doppo_2011winter.pdf
まだ暑さの残る9月半ばの休日。家族連れをはじめ十数名の
みなさんと一緒に、どっぽ村を訪ねました。大戸洞舎の松本茂
夫さんが建てたゲストハウスにて、季節の食材を使った美味し
い食事をいただいた後、家もつくる農家の松本さん、米もつくる
大工の清水陽介さんにお話しを伺いました。
2回シリーズでご紹介します。今回は、前編で、松本さんから。
どっぽ村の話しに期待を寄せる若い家族連れを前に、遠慮が
ちに話しはじめてくださいました。
僕らも同じ
いま、社会の仕組みの中で、縛られて息苦しく感じている人も
いるかもしれない。なにか僕らが、そこから外れていると見られ
るかもしれないけど、大きな組織に属してはいないけど、社会の
仕組みの中で生きているのは同じ。
お金のことも、それから、いろんな面も考えていかなあかん。そう
した意味で、僕らはなんも特別なことしているわけではない。「自
分でつくる」ということを、なんとか時間をみつけて、生活の中に
そういう部分をつくっていけたら面白いと思っているだけ。
今の社会の中で、そうしたことが、なかなかできないのが問題や
けど、作物を作るでもいいし、物語を創るでもいいし、なんでもい
いから、生活の一部に「つくる」ということがあれば、と思っている。
必要性とケチと面白み
僕の場合、たまたまそれが農業であったり、生きていくこの形み
たいなもので、自分が置かれている環境の中で、自分でできる
ことをやっているだけ。
けれど、都会生活の場合、制約されてくることが多いのかなとも
思う。くらべると、田舎はやりやすい部分がある。しかし、それ以
外で困ったことや、たいへんなこともある。それも暮らしていくた
めに、挑戦していくことのひとつで。
「必要は発明のなんとか・・」って言うけど、必要のないところで何
かをつくりだそうというのは難しい。生活している中で、必要性み
たいなもんを感じとれたら。それとケチの精神(笑)。あとは、半分
面白みや興味みたいなもんをもてれば、持続するのとちゃうかな。
自分の責務を感じて・・・
農薬の問題など、できるなら使わないほうがいい。うちでも、使
っているところと、使ってないところとがあって、いろいろ実験し
ながらやってる。
けど、僕ら(つくってる側)だけが思っているだけでは基本的な問
題はなくならないんちゃうかな。農業に対して国民がどう思ってい
るのか。いまの政治そのものが国民の意思で動いているわけで
もなくて、大半が無関心というのが実情やし。
一般の社会の僕らが付き合うような、その人らが「こういう風にな
ってほしいな」とかあればええんやけど。それが感じられないと、
自分の責務としてどうやったらええかわからないし、結局、自分
たちの意識でやるしかない。生産(効率)中心の人は、手間かけ
ないという方向になる。その辺がちょっとね・・・。
やるとやらないでは違う
僕は、30年、40年の経験あるからできるけど、経験ないところ
から始めようとするとハードルが高い。そういう高さみたいなもん
はできるだけ低めたいと思ってる。家づくりでも、体験として一回
でも、二回でも参加したら、なんとなくわかる、できるなと。
やるのとやらないのとでは違う。そういう体験ができるというのは、
やりたい人にしてみたらいい手段だと思うから、そういうことがで
きる場をつくっていきたい。
生活の中からつくり出す
どっぽ村をはじめたのは、いまの社会の状況と関係があって、
ひとつは不況。そして、たくさんの人がいままでの生活の形に
疑問をもつようになっていること。
そういう中で、やっぱり、新しい社会のあり方や、共同体のあり
方とか、それほど大きくなくても、自分の生活形態とか、人間関
係なり、そういうことをどうつくっていったらいいのだろう、という
問題意識ある。
それがどっぽ村ともつながっている。ある意味、仲間づくりだと
思っているし、ここに来た人と、人とのつながりを大切にしなが
ら、共有できる価値観のようなもの、生活しているうちにつくり出
していきたいと思ってる。
たいしたことはできないし、狭い中だけど、どうせなら地面に密着
した生き方がいいし、それをたくさんの人ができたらいい。
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